Episodio47 ピッツァ・マルゲリータ

いらっしゃいませ、Mia Preferita です。

数日前になりますが、11月20日は『ピッツァの日』でした。
偶然知ったんですけどね (^^♪
何でも『ピッツァ・マルゲリータ』の名前の由来となった
マルゲリータ王妃のお誕生日なんだとか。

後程、ピッツァ・マルゲリータのお話はするとして、
南イタリアとピッツァのお話、聞いてくださいな。
(ピッツエリアさん、間違いがあったら教えてください)

* ピッツァのルーツ

意外にもピッツァのルーツは古く、古代エジプトまでさかのぼります。
「小麦粉をひいて粉にし、水で溶いたものを焼く」
という食文化はメソポタミア文明発祥なのだそうです。
これが古代エジプトに伝わり、
「小麦粉を水で溶いたものを発酵させて焼く」
というパンに進化しました。
古代エジプト人の作るパンは、平らな丸い形に成形され、
石窯に貼り付けて焼く、というものでした。
これがピッツァの原型です。
(私にはナンそのものに思えるのだけど・・・)

さて16世紀のイタリアでは、
小麦粉ベースの生地に、ニンニク、ラード、塩などを加えて焼いたものが
ピッツァの始まりだと言われています。
現在のフォカッチャに近いものだったそう。
「PIZZA」という名前が普及したのは、
その後、トマトがトッピングに使われるようになってからだそうです。

* ピッツァ・マルゲリータ

ピッツァの生地の上にトマトソースをのばし、
モッツァレラチーズとバジルの葉をトッピングして焼いたものが
皆さんご存知の「ピッツァ・マルゲリータ」。
このピッツァには、とってもとっても有名なお話があります。

1889年6月、ウンベルト1世と
(イタリア統一を果たしたヴィットーリオ・エマヌエーレ2世が父)
王妃マルゲリータがナポリを訪れた際に、
当時最高のピッツァ職人と目されたラファエレ・エスポジートが
3種類のピッツァを献上しました。
その中の一つが、
トマトソースにモッツァレラチーズ、バジルの葉をのせて焼いたものでした。

トマトの赤、モッツァレラチーズの白、バジルの緑のイタリア国旗の色合いを
王妃が大変気に入られたことから、エスポジートがこのピッツァを
「ピッツァ・マルゲリータ」と名付けました。

* 南イタリアとピッツァ・マルゲリータ

ピッツァ・マルゲリータは、ナポリ生まれということが分かりました。
なぜ南イタリア生まれなのか・・・

実は・・・
ナポリがスペイン領だったことから、16世紀後半から17世紀にかけて、
南イタリアでトマトが栽培されるようになりました。
かかと部分にあたるプーリア州は国内での生産量が一番多く、ドライトマトも有名ですね。
水牛の乳を原料にしたモッツァレラチーズは、ナポリ近郊で誕生しました。

出会うべくして出会った食材から生まれた「ピッツァ・マルゲリータ」だったのですね。

* ピッツァ・マルゲリータ、いただきます!

偶然に知ったピッツァの日。
マルゲリータをいただきに行かずしてどうする!
ということで、我が家の近くにあるピッツエリアに行ってきました。
前菜盛り合わせとピッツァのランチ。

↑ パテとブロッコリー、キノコ、パプリカのマリネ モルタデッラ
 ←ピッツァ・マルゲリータ
そう言えば、
向こうの方たちは、ビールを飲みながらフライドポテトとピッツァを食べてたなぁ、
ホント上手にナイフとフォークで切って、クルクルって巻いて食べてたな・・・
などなど、ボローニャのお気に入りのピッツエリアの話をしながら・・・
  
↑ ボローニャのピッツエリアにて

 

早いものであと10日もすれば12月です。
クリスマスに因んだお話をしようかな・・・と思案中です。
BLOG更新は・・・
12月2日の更新を目指していますが、遅れることもあります。
ご了承くださいませ。

末筆となりましたが・・・
コロナ禍の第3波、まだまだ戦いは続きます。
また九州豪雨や災害で大変な思いをされている皆様には
心からお見舞い申し上げます。

22日は小雪。冬は確実にやって来ます。
どうぞご体調崩されませんように!!

Ci vediamo!!

 

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